《第12話》 【大学教授戦】《第12話》 【大学教授戦】18才、高校3年生 俺は、工業高校へ通っていた。 3年生の秋にもなれば就職活動である。 俺は、学校もさぼりがちだったし、だいいち、遅刻回数が年間114日という記録を持っているくらいなので、就職はあきらめていた。 とりあえず、進学組にはいっていた。 工業高校では、進学組は少ない。 1学年300人ほどの生徒のなか、進学組は、30人程度。 その高校は、名門というか、伝統があるというか、古い年代の人には知られた学校で、卒業生も、一流企業に入っている人もいた。 そんな関係で、教師も、有名企業、一流企業に生徒を押し込もうとした。 それが、学校や進路指導の教師の実績になるから。 そのことが、生徒の希望と一致すれば問題ない。 しかし、生徒個人や家庭の事情などで、希望の会社がある場合、教師と対立する場合があった。 教師は、生徒の希望など聞かず、学校側の事情で、会社を斡旋するため、時々、生徒から、不満の声があがっていた。 俺はというと、担任の教師から「おまえには、就職先を推薦できないからな」と言われ、「ええ、けっこうです」と答える仲だったので、なにも不満はなかったけど。 進学組はというと、大学や専門学校へ進学する生徒は、そこそこ優秀な生徒が多い、俺を除いて。 そこで、学校は、進学組を就職させようとする。 いい会社に送り込めそうだから。 そんな進学組に、大学教授が講演をするというので、1室に集められた。 黒板に、大学名と教授の名前が書いてあった。 まさか、講演内容は、進学に関しての話だろうと思っていた。 だが、その教授の話は、自分の息子が日○大学を出て、マク○ナルドに入った。大学なんか出たって、ハンバーガー屋にしか就職できないなど、進学するのは不利だという内容だった。 たしかに、以前から、生涯獲得賃金の関係で、4年間大学で遊んで、たいしたことない会社に就職するより、その工業高校からいい会社に入ったほうが、長い目でみると得だという話があった。 もちろん、その高校の教師の話だが。 しかし、進学を決めている生徒に対して、大学教授が来てわざわざ、進学することはよくないというのはおかしい。 その教授は、すべて、進学はだめ、就職がいいという内容の話を終えて、「なにか、質問はありますか?」と言う。 俺は、手を挙げて「先生は、うちの教師と、今日の講演内容について、打ち合わせがありましたか?」と聞いてみた。 その先生は「いったいどういうことかな?」と、あきらかに、しらをきる態勢のように見えた。 「うちの学校の教師から、進学より就職しろという内容の話をしてくれと、たのまれましたか?」 その教授は、うろたえていた。 すると、俺のうしろから、体育教官が近づいてきた。 「おめぇ、なに言ってんだ」と言う。 体育教官は猛者が多い。 教師になっていなかったら、ヤクザか猛獣のような動物になっていただろうというタイプがいる。 しかし、ここで、ひるんではならない。 その体育教官を見上げた。 その体育教官は、俺に、つかみかかるような勢いで言った。 「おめぇ、あとでどうなるか、わかってんだろうな」 なるほど、おどしかい。 俺は、パイプ椅子をわざと蹴って立ちあがった。 「さあ、どうなるかわかんないですね。わかるように、ここでやってもらいましょうか。教職と退職金をかけてね」と、言った。 体育教官は「チェ、やらねぇよ」と言って、バックしていってしまった。 今度は、大学教授が騒いだ。 「たのむから、けんかをしないでくれ。正直に話すから」と、安い演劇の役者のように手をのばして言っている。 「たしかに、講演内容について、この学校の先生から依頼があった。私が悪かった。許してほしい。だから、けんかをしないでくれ。」と、泣きそうな顔で、頭を下げた。 こっちが立ったら、あっちが引いた。 ここは、行くしかない。 「先生の息子さんは、大学を出ても、マク○ナルドにぐらいにしか入れないというお話でしたが、日本マク○ナルドは、日本でも有名な優良企業です。お店で、ハンバーガーを作るなら、高卒でも入れますが、マクドナルド本社には、大卒の優秀な人しか入れません。先生のお話が本当のことなら、先生の息子さんは、賢明な選択をした優秀な人ということです。先生は、大学教授の息子が、そんなとこへ行ってなんて、思ってるのかもれませんが、先生の息子さんは、大学をでて、いい会社に入った優秀な人です。そこのところを、訂正していただけますか」 その教授は、頭を下げたまま、涙声で言った。 「わかった。君のいうとおりだ。全面的に修正する。・・・私の息子の話だというのも、うそだった。許してほしい」 やっぱり、そうか。それにしても、この教授、高校生にちょっとつっつかれたくらいで、すぐ負けちゃって、よく大学生相手に講義ができるな。 別に、謝らせたくて、言ったわけじゃないんだけど、なぜか、力が抜けちゃった。 まだ、頭を上げない教授に、やわらかく言った。 「先生、もういいです。頭を上げてください」 教授は、明るい顔でこちらを向き「許してくれるのか」と言う。 別に、この教授を責めたかったわけじゃないんだし、責めたかったのは、この学校の教師なわけだから、さっき、体育教官を攻め込んで、用は済んでいる。 「もう、いいですよ。・・・先生は、きょうは、東京からですか?」と、聞いた。 大学は、たしか東京にあるはずだ。 「いいえ、きょうは、埼玉から来たんだけれども・・・」 「ああ、ご自宅からですか、どちらにしても、遠いところごくろうさまでした。それじゃあ、俺は、用がすんだんで、帰ります」と、頭を下げた。 うしろにいた体育教官が「おい、おまえが帰っちゃったら、あとは、どうすんだよ」と、困ったように言った。 たしか、6時間目だったので 「俺の時計では、もう下校時間ですから。あとは、先生におまかせします」と、出口に向かった。 女子生徒が「えー、なに?なに?」などと言っている。昔は、こういう奴らを、“うすらとんかち”と言った。 背中で「あとはまかせるって、どうすんだよ」と言う体育教官の声を振り払うように、ドアを勢いよく閉めた。
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